自分を知るためのヒントになる話
4月中旬、要請に応じて青森市内の某事業所にて2時間のセミナー講師を
務めた。受講者は青森県内の各地で活躍している就職支援を担当する
約40名の専門家の皆様である。
相手は専門家なので、これまで経験したことがないくらい緊張した。
夕方から青森駅前において、幹部の皆様との懇親会に参加させて
いただいた。
最高責任者の方は、最近着任された方で、関西の出身。私よりも若く、
紳士的で非常に好感がもてる方で、ついついホンネでお話しをさせて
いただいた。
彼が青森県内を仕事で移動していて気付くことがたくさんあるという。
それに対し、弘前から参加した地元責任者はその都度驚いたり、
その理由を説明したり、さらには拒絶するなどその反応を見て
非常に面白いと感じた。
たとえば、八戸の方はとても元気があるように感じるが、
津軽の方はとても元気がない。なぜなのか?
これに対し、私も答えた。
八戸が元気があるのは、
①昔は東風のため十分な米がとれなかった。
だから、馬を飼った。今でもその名残として、
牧場の名を表わす八戸=第8牧場、七戸=第7牧場がある。
つまり、それほど裕福ではなかった。
従って常に生活に多くの工夫と努力が必要とされた。
これに対し、津軽は豪雪地帯であるが、日照が十分あり米も十分取れる
裕福な土地である。その中心が弘前津軽藩である。
安心して生活できたのである。
さらにそれらが背景となり
②他の地域の人を地域のリーダーとして受け入れたこと。
通常であれば地元の名士か県・国の偉い人を市長に選ぶのが通例
であるはず。
なのに八戸市は戦後直後に隣県の岩手県出身の神田氏を市長に選んだ。
神田氏は八戸市内を流れる暴れ川と言われた馬淵川と新田川の治水工事を
進め、その真水を使った産業を興し、さらに、沖合に防波堤を造り、広大
な港を造ったのである。
この結果、一大産業の基礎が造られたのである。
そして、時代が変わっても常に時代を見据え、発展しているのが八戸である。
繰り返すが、このような考えを持った「よそ者」を自分たちのリーダーにした
ことが大きな要因ではないだろうか。
一方津軽ではそのような状況が見られない。やはり地元出身のリーダーによる。
最高責任者が感じとったことは非常に貴重なことである。
つまり、地域のことは地域民には分らないもの。地域においては「よそ様」。
「よそ様」のご意見が「地域の宝」を発見するヒントであると思う。
個人については、自分のことは分らないものである。
分るのは「他人」である。他人の意見を聴いてみるのも得策だろう。
就職活動において、自己理解、自己分析、職務棚卸しなどを行うが、
なかなか自分の良さ、あるいは、身につけたことなどが分らない。
どうすればよいだろうか?
とりもなおさず、他人を知ることも一つの方法ではないだろうか。
すると自分が見えてくる。他人と言っても身近な人、例えば自分の妻を
よく観察するとか、兄弟を観察するとか、友人を観察するとかして、
自分を振り返るのもよい方法ではないだろうか。
最高責任者は、「津軽のじゃっぱ汁はおいしい。なぜ、もっともっと売り出さない
のだろうか?」と言っていた。
彼らしい疑問だと思う。
地元の人は「じゃっぱ汁」についてどう思うだろうか?
ある人は「いつも食べているから何とも思わない」。
また、ある人は「素晴らしい料理だから、いつも食べている」。
さて、どちらかな? どちらでもないかな?
実は私も津軽出身でありながら、気付かなかった。