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講師活動はいきがい

はじめに
 幹部自衛官は、教官や状況報告(説明)など「人へ伝える」業務を遂行する機会が多いのではないでしょうか? 
 筆者は、そのような場合の参考になればと思い本稿を執筆しました。

1 まずは就職セミナー講師から
  私は、平成19年の秋、陸上自衛隊を定年退職し、同時に社会保険労務士事務所を開設した。当初は、顧客がい
 ないので売り上げはない。
  そこで、新隊員教育・初級陸曹課程・三尉候補者課程などの教官、さらに地域援護センター長として就職支援や
 自衛官採用時の面接官などの経験をいかして、就職セミナー講師を務めることにした。
  当時、概ね週3日は就職セミナー講師として、宮城・岩手・山形の3県のハローワーク所在地を回った。
  受講者は、一般の失業者。彼らには、何とかこの失業状況から脱却したいが、その方法が分からず、悲壮感や焦
 燥感が漂っている。そのような失業者に対し、どうす れば就職活動の実践と成功に結び付けられるか? どうす
 れば、受講者を満足させられるか? 毎回、挑戦と反省の繰り返しだった。
  受講後のアンケートを読むと、肯定的な感想やとても厳しい否定的な感想もあり、一喜一憂していた。
  就職セミナーは、私を講師として鍛えてくれた。

  そのうち、他の講師の依頼も受けるようになった。
  対象を中高年齢者に絞った某団体のセミナー、自衛隊の援護担当者教育・業務管理教育・ライフプラン・就職援
 護教育・就職補導教育などの講師へと活動の幅が広がった。

  さらに、民間会社主催の「定年退職準備セミナー」、民間会社員や市会議員などに対する「社会保険」講義、労
 働者派遣法に基づく「派遣元責任者講習」、シルバー人 材センター主催の「高齢者のビジネスマナー」、所属し
 ている社会保険労務士会主催の「高校出前講義」など様々な講師を務めてきた。
  また、福祉団体主催の「評価者研修」「管理職研修」など、特殊な講師も務めた。

2 講師の基礎は現職時に
  講師としての基礎は、現職時に身につけさせていただいた。
⑴ 新隊員教育では、世間を知らない新隊員に対し、自衛隊の基本的なことを教えなければならない。私自身、人に
 教えられるほどの人間なのかと自問自答していた。  
  しかし、彼らの目を見るたびに、限られた時間内で、立派な自衛官に育てる責任を感じ、全身全霊で取り組んだ
 思いがある。その結果、私自身が育てられた。

⑵ 初級陸曹課程では、全国から施設学校に学生が集まった。すると、教官である私や助教の訛りが酷くて、聞き取
 れないというクレームに悩まされた。ショックだが現実は現実。

  私は青森県出身、助教は地元の茨城県出身。関西や九州出身の学生にとっては特に酷かったようだ。全国から集
 まった受講者に対し、訛りをなくし、滑舌をよくし、語尾を明確に、内容を正しく伝えるべきだった。
  今思うと、半人前の教官で申し訳なかったと反省しきり。

⑶ 3尉候補者課程の学生のほとんどは、教官の私よりも年齢が上だったので、それほど心配はないだろうと思った
 が、実際はそうでなかった。

  実は、卒業式当日、経験したことがない大きな事件が発生した。3か月間の履修を終え、いよいよ卒業式当日の
 朝、一人の学生が、屋上から飛び降り自殺をした。官舎で単身生活中の私は、当直から連絡を受け、直ちに出勤し
 た。  

  すでに彼は救急車で病院へ運ばれ宿舎にはいなかった。ベッド脇には、本人が準備したというおみやげの紙袋が
 いくつか置かれていたのを目の当たりにして立ちすくんだ。
  彼は、卒業後の補職に不安を抱いていた。そのため、私は入校当初から所属部隊と連絡をとっていた。そして、
 ようやく卒業の目途がついた。
  卒業式当日の私の予定は、午前は、卒業式や学生の見送り、午後からは、初めての、幹部上級課程「指導法
 (1夜2日)」が待ち受けていた。これだけでも大変なのに、学生の自殺事件が加わった。

  数日後、しばらく落ち込み、大いに反省をした。
  一つは、自分の職務について豊富な経験と輝かしい実績を持っている彼は、卒業後の新たな補職に対し、強い不
 安を抱いていたが、私は、根本的に所属部隊の問題であると認識していた。
  しかし、入校中の学生の不安や悩みは、教官として真正面に受け止めなくてもよいかと言うと決してそうではな
 い。やはり、不安や悩みは共有し、より親身に寄り添うべきだった。

  二つ目は、私は、数日前から、卒業式後に担当する、初めての幹部上級課程の「指導法」で頭一杯となり、卒業
 を目の前にして、大きく不安を膨らませた彼を、最後に思いやることができなかった。
  まさに、「木登りの名人は、頂上よりも、降りる際、地面に足をつける瞬間に最も注意を払う!」を思い出し
 た。(合掌)

3 そして今も講師として奮闘中
  私は今でも様々な講師を務めているが、失敗や苦労も多い。最近の失敗や苦労を紹介する。
⑴ 講義時間1分のオーバーでクレーム
  定員が約百名の広い会場。私は、後方の壁に設置された時計を見ながら講義を進めていた。終了時刻がせまって
 きた。あと少し、時間いっぱいに終了。やれやれ間に合った。すると受講者から「先生、時間を守ってくださ
 い。」とクレームを受けた。  

  私は、会場後方の時計を指しながら「ほら時間通りですよ。」と言ったら、受講者は、すかさず私の頭上の時計
 を指した。確かに1分は経過していた。後方の時計が遅れていたのである。

  会場を離れたとき、やりがい感はどこかへ消えてしまった。

  その後の講師活動では、時計の位置や正しい時刻を示しているかを事前確認し、どの時計で講義を進めるかを宣
 言するようにした。

⑵ 某高校では部外講師を招くのは珍しいようだ。事前の対面打合せにおいて、パワーポイントを使用するためプロ
 ジェクターの準備を依頼していた。当日、パソコンを持参し、教室にはいった。すると担当の先生が、プロジェク
 ターの設置に悪戦苦闘していた。

  ついに、「プロジェクターはどうすればよろしいでしょうか?」と私に助けを求めた。
  「でも、それは学校側、あなたの仕事でしょ?」と言いたかったが、問題解決の気配はなく、そのままだと講義
 時間に影響を及ぼすので、私が挑戦した。

  周辺では、仲間とのおしゃべりに忙しい女生徒たち。時間がない。焦る。なんとかテスト放映にこぎつけた。
 予定より遅れて開始。なのに、担当の先生は生徒の出欠確認をはじめた、そして講師の紹介。
  え?たった50分の講義なのに約10分の遅れ? どうやって挽回? 頭の中は大混乱。仕方がないので、一部
 を省略した。生徒には悪いが、早くその場を去りたい気持ちでいっぱい。やりがい感どころではなかった。

  反省点は、初めての打合せの場合、より具体的に行うことと、担当時間が削減された場合の腹案を常に持つこと
 であった。

⑶ 本年2月、1コマ90分を4回行う専門学校の講義要請を引き受けてしまった。その日が近づくにつれ、次第に
 不安が広がった。約六時間の長時間講義。体力はもつだ ろうか? 私の弱点の喉は痛まないか?
 また、長時間、きちんと立っていられるだろうか?

  数日前に覚悟を決めた。パワーポイントの図示により話すことを少なくし喉への負担を軽減。体力向上のため、
 毎日数キロメートルのウオーキングと、本番と同じ時間、同じ環境で数回予行し、備えた。
  そして本番。休憩中は、椅子に座り、水を飲み、のど飴をなめて喉をケア。なんとか90分4コマの講義を終え
 たが、へとへとに。帰りのバスでは爆睡。

  後日、受講者のアンケートを見たら、意外にとてもよい反応だった。たっぷりとやりがい感を感じ、再びやる気
 が湧いた。

4 講師活動の成功要件
私は、講師活動の成功要件は次のとおりと考え、努めて実行している。
⑴ 受講者のニーズや関心事を把握する。
⑵ 受講者のニーズ満足のため、どのようなアプローチで進めるか綿密な作戦をたてる。
⑶ 伝えるべき内容を精選し、それに関連した印象的具体的な事例を準備し、努めて紹介する。
⑷ 伝えるべき内容に対し、使用できる時間が少ないのが通例なので綿密な時間計画を立てる。特に短時間講義の
 場合。
⑸ 本番と同様の環境で、必ず予行を行う。特にパソコンを持ち込む場合、カバンから取り出し、設置、操作から
 始める。
⑹ 昼食直後の居眠り、関心の低い受講者に対し、質問や目配りで反応を確認し双方向の講義に努める。
⑺ 講義開始は、アイスブレークからはいり、終了時は、「感謝」と「受講者を思いやるメッセージを発する。
  (終了時の発言がアンケートに大きな影響を与えるようだ)
⑻ 講義中は、メラビアンの法則に基づく「視覚情報」「聴覚情報」を大切にする。
⑼ 日頃から、服装、姿勢、動き、発声、言葉遣いに注意。
⑽ 講師活動は、ありがたい、幸せなことだと思うこと。

おわりに
 私にとって講師活動は生きがいを感じます。なぜならば、受講者から「ありがとう」と言われたり、「受講してよ
かった」などと記載されたアンケートを目にすると、自分の知識や経験が受講者のために役立つことを実感するから
です。  
 また、私自身、講義の準備・実施を通じて自分の成長も感じられるからです。
必要とされる限り、講義の要請があれば、迷いなく、喜んで引き受け、準備をし、理想的な講師活動を引き続き追求
したいと思います。

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