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自治体防災担当者として再就職したK氏

自治体防災担当者として再就職したK氏

 

はじめに

平成二十六年十一月、筆者が生涯現役セミナー講演のため訪れた秋田県D市O地区の、

とある寿司屋さんで昼食会。目の前には平成二十五年四月、秋田県S市防災担当者として再就職したK氏。

約七年前にお会いした時よりも少し太り気味のよう。しかし、目がキラキラ輝いてとてもいきいきした様子。

本稿は、現役の皆様に、①K氏の自治体就職直後の状況、②自衛隊と異なる組織で働くこととは、

③K氏の退職直前の自衛隊勤務と就職活動、④自治体勤務で生かせる能力について紹介し、

自治体への再就職の参考にしていただきたいと願い投稿するものです。

なお、ご本人の希望により、人名・地名を匿名とさせていただきます。

 

第一 就職直後に待ち受けていた最初の試練「土石流災害」への対処

一 災害の概要

平成二十五年八月九日、集中豪雨によりS市T地区で土石流が発生、幅約五十八メートル、

長さ約三百七十メートル、深さ最大六メートルにわたって斜面が崩落、流れ出した土砂・立木が下流の人家を襲い、

四人家族を含む六人が亡くなり、住宅六棟が全半壊する災害が発生。

二 災害発生当初の市の対応

市民からのたくさんの通報やその対応、庁内各部署から入る連絡調整などの電話により防災担当課は

パニック状態に。組織的な対応がとれないまま、悪天候と情報の錯綜により住民に対する避難勧告が遅れ、

マスコミ等から問題視された。

三 教訓を生かした市の対策・処置

被災後にK氏が防災担当者として打ち出した市の対策・処置が、庁舎各部署で検討され、

市議会において報告・了承された。

その内容をK氏へのインタビュー記事として掲載した地元新聞から一部を抜粋して紹介します。

㈠ 災害対応組織の見直し

従来は、連絡室→警戒部→対策部→災害対策本部へと災害発生状況を見て逐次態勢を強化する方策を

とっていた。

ところが、それでは今回のように短時間で急激に変化する災害に対応できないとして、

一挙に市長をトップとする「緊急災害対策チーム」を立ち上げることにした。その組織は、

情報収集と分析を行う「情報部」と、災害への対応を決める

「作戦部」をもって構成することにした。

㈡ 情報収集とその処理

災害時は精度の異なる情報が錯綜して提供され、本部としての対応や正確な判断を誤らせる事象が数多く発生した。

それらを防止するため、情報を提供する側も受ける側も情報の要素を画一化して漏れのないよう項目を定めた。

いわゆる「一H五W」の要素を取り入れた。項目内容は、市職員に分かるように表現に工夫を加えた。

また、庁舎内システムには、各部署が災害情報を自由に書き込めるよう「情報箱」を設置した。

㈢ S市の特性を考慮した防災担当課へ

防災担当課は、合併前のK町に位置し、災害対策本部は市長が位置している、約二十キロメートル離れたT町に

設置することになっていた。

移動時間の削減、情報の途絶などの防止のため、防災担当課はT町に置くことにした。

さらに、合併前の三つの自治体(地区)出身者を選考し、地域の事情に精通している課員を配置した。

㈣ 具体的な避難勧告等発令基準の明示

従前の発令基準を、より具体的な内容に改善した。特に、国のガイドラインに沿って警報等の内容を明示する

ことや具体的な係数(雨量等)を取り入れた。

㈤ 自主防災組織の設立

地域の防災力を高めるために、住民説明会などを通じて、「自主防災組織」の設立に努めることにした。

 

第二 自衛隊と異なる組織で働くこととは?

一 自治体勤務における生きがい・やりがい

K氏は平成二十五年四月、S市防災担当者として再就職。市職員なので、土日は基本的に休日。

しかし、地元の要望があれば、曜日や時間帯にかかわらず、自主防災組織の立ち上げや防災にかかわる説明会、

防災訓練実施にかかわる調整や地区の防災訓練等に進んで参加。

ちなみにK氏は単身赴任生活。就職地のS市と家族がいるF県I市の自宅との距離は、約五百キロメートル離れて

おり、めったに帰れる距離ではない。K氏の第三子は高校受験を控えている中学三年生。

とても、引退などしていられない状況。

見方を変えれば、それがかえって生きがいとなり、仕事への「発奮材料」になっているようです。

「子供」の他に、自衛隊で培った識能、気力・体力を現在の職務に十分生かせること、地域住民の安心・安全を

確保するために働くことが彼の生きがい・やりがいになっているようです。

なお、彼にとって何よりも嬉しいのは、防災業務に関し、市長が全幅の信頼を寄せているということです。

 

二 K氏が自治体勤務で驚いたこととは?

㈠ 不特定多数の市民への対応

職場には多くの市民が自由に出入りする。土地勘もなく、顔も知らない、まして言葉もよく理解できないなか、

来庁する市民に対応しなければならない。やりかけの業務を中断し、お客様である市民の声に耳を傾け、

場合によっては、関係部署に取次ぎ、調整役もしなければならない。

「自衛隊勤務ではあまり経験したことがなかったので驚きの連続です。」と話していた。

㈡ 初めての市議会対応

市議会の開会中、防災担当者は市側の参与として出席。最初は、議会で使われる言葉、議会の進め方に戸惑ったと

いうK氏。ただ、一般質問に対する市長の答弁書作成はお手ものもの。自衛隊で培った文書作成能力をいかんなく

発揮し、市長を円滑に補佐しているようです。「最初、市議会に参加したときはとても緊張した。」と話していた。

㈢ 同じ公務員でも文化が違う?

自衛官はいわゆる一般公務員的な恒常業務を行うこともあるが、基本的には有事対応を前提に業務を遂行する。

このため、自衛隊勤務では任務達成、目的達成が最も大切であると教えられる。

ところが、「市の職員の考え方は、どちらかといえば、前例主義を重視し、予算・根拠のないものには

対応しないようです。」と話していた。

 

第三 退職直前の自衛隊勤務と就職活動

一 直近の自衛隊勤務

K氏は、幼少を過ごしたI県に所在する部隊を最終勤務先として希望し、平成二十二年防衛警備業務担当として

赴任し、退職まで三年間勤務。

その間、大規模な実動訓練の担当、約四ヶ月にわたる東日本大震災の災害派遣を経験。

退職の直前まで膨大な業務に追われ、退職・再就職準備がほとんどできない環境に置かれていたようです。

二 覚悟を決めた就職活動

業務に追われ、就職活動もままならないときに、自治体防災担当者への就職の話が舞い込んだ。

安定した身分保障があり、自衛隊で培った識能を活かすことができると考え、喜んで手を挙げた。

雇ってくれるところがあれば、どこへでも行くという覚悟を決め、条件を「勤務地不問」とした。

この求人に対し、複数の自衛官が応募したことから、最終的には、

市長が面接により直接採用を決めることになった。

K氏は、さっそく履歴書・職務経歴書、面接における予想質問に対する回答を短時間で作成し、

勤務地から約五百キロメートル離れたS市で行われた面接試験を受けた。

ところが、しばらくの間、全く連絡がなかったので、とても不安な気持ちで過ごした。

退職日の直前に採用通知を受領してようやく安堵。

K氏は「採用日の平成二十五年四月、初出勤したとき、自衛隊の援護組織に感謝の気持ちでいっぱいだった。」と

語っていた。

 

第四 自衛隊勤務で身につけた能力は生かせる

現役時代、就職援護業務を経験したK氏が、自ら就職してみて、「自衛隊勤務で培った識能、気力・体力は、勤務

先で十分生かせることが分かった。」と言っています。特に彼が強調したのは次の点です。

一 状況判断能力と実践感覚

自衛隊で学んだ「状況判断」は、現在の業務に十分活用でき、とても有効・合理的で無駄のない手法だと改めて

実感した。

また、時間的・物理的な実践感覚を踏まえた業務遂行能力も大いに役立っている。

ただし、分析や状況判断については、その業務に適合する応用力が必要と感じているという。

二 プレゼンテーション能力と文書作成時の表現力

自衛隊の隊務運営に携わり、知らず知らずに鍛えられた上司等に対するプレゼンテーション能力や文書作成時の

表現力が大いに役立っている。

例えば、通常、文章のみで表現するのが一般的だが、大きさ、バランスを考慮した図の挿入、間隔を考慮した

文字の使用、色彩などを活用した表現力が役立っている。

また、状況、構想、任務、後方・人事、指揮などを表現した自衛隊の計画・命令の形式はとても簡潔で

分かり易く説得力があると実感しているという。

三 現場第一主義

「現場」が第一。「現場」は、これから進めるべき業務、対策・対応の基礎となることから、K氏は、

機会があれば進んで住民が暮らす各地域を訪ねて、変化する現場を常に確認。

これは「まさに現役時代に培ったもの。」という。

 

おわりに

自衛隊OBである筆者は、自治体防災担当者として活躍しているK氏を見て、とても誇らしく感じました。

K氏には、就職地でさらに信頼される自衛隊OBになっていただきたいと思います。

その結果、他の多くの自治体にも自衛官の有用性を知ってもらい、

こぞって退職自衛官の採用方向へ変化することを願います。

現役の皆様には、現在の職務遂行を通じて、なお一層、識能の向上を図るとともに、

再就職先の業務に必要な新たな識能も身に付けることが肝要です。

自治体で活躍される自衛隊OBを期待します。

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